近況

たっくさん書きたいことはあるんですが。
パソコン開くと、仕事したり、ニュース眺めたり、内職入ったり(爆)、
気がついたら時間なかったりで、なかなか更新できず(^^ゞ。

でもたぶん、時間的制約って、あまり関係ない気がします。
気持ちや体調の問題でしょうね。
ここ2~3日は肩こりがひどくて、今ひとつ集中力がない。
横になってる方がラクなので、どうも文字をカチャカチャ打つ気にもなれなくて。

嫁さんの実家の犬を預かってたのは…あまり関係ないかな?(^^;;;
ご両親が「帰宅日未定」の旅に出たのは、かなり衝撃だった(;´Д`)。
それでもやはり70歳過ぎの身体に、函館-千葉間の長距離ドライブは応えたようで、行きこそ4日ほどかけてじっくり行ったのですが、帰りは2日で帰ってきました(笑)。
ともかく、無事に帰ってきたので、よかったですm(__)m。

ウチら夫婦の方はというと、時々出歩いてもいるので、
写真もチョコチョコあるんですよー。
他の方の日記なり、新聞やフリペの記事なりを見て、
たまぁに美味しいものを食べては、小さな幸せを感じております。
先日の札幌では、「おにぎりあたためますか」で紹介された、
ホルモン焼きのお店にも行ったし。「丸腸」がかなり衝撃だった!

その辺も含めて、また後日書きます~m(__)m。
ひとまず元気です。お店もぼちぼち忙しくなってきましたー。
あ、七夕用のお菓子詰め合わせなんかも、随時受け付けてますよ~(*^_^*)。
配達も致しますのでm(__)m。

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民放の扱う「命」

大勢が輪になって、何か討論してるかと思ったら、NHKの『しゃべり場』じゃなくて、テレ朝系の『命スペシャル』だった。
今回初めて見たんですが、気になる部分をいくつか。なお、一部しか見ていませんので、ご了承下さいm(__)m。

キャスティングがどうかなという面。
東大卒の某がちょっと過激すぎる。感情的になっただけならいいんだけど、忘れた忘れてないのレベルは、人によって違うんじゃないのか?…てめぇが連絡取ってて葬式に行ったことを言いふらしたい気持ちはわかるし否定しないけど、それをしてないからといって他の人間を責めるのは、ちょっと興奮しすぎなんじゃないの?…って思った。
ふかわとまちゃまちゃが軽過ぎ…ってのは、見た目で言ってます(笑)。

つか、これは昨年の話だが、死ぬ間際の人をスタジオに連れてくるなって思う。たとえ本人が行きたいと言ってもだ。
その人は結局昨年亡くなっている。その人の闘病ドキュメントと称して、2年前からのその人の言動なり状態なりを放映していた。実際、昨年と一昨年には、この番組に彼が実際に登場していた。
その話だけでも、心理的に興奮してしまう人がいるだろうに、そこに東大卒がそんだけ興奮してしゃべったら、イッちゃう(=気絶してスタジオから出される)人がいてもおかしくないだろう。
民放って、そういう場面を撮ろうと煽るから嫌いだ。過激になれば、そして東大卒が言っていたが「お涙頂戴」になれば、それでいいと思っている。もっとも、東大卒はその罠にまんまとかかってしまっていたわけだが(^^;;;。
闘病していた彼の存在を否定するわけでは毛頭無い。ただ番組的には、彼の登場はVTR程度に抑えるべき。正直、彼がいることで、死にたいヤツや命を大切に考えることができないヤツは、自分の考えを逆に思いっきり出せなかったんじゃないかと思う(実際に昨年以前の番組は見てないけど)。過去の番組を知ってても知らなくても、その彼が死んでしまってその場にいない分だけ、死にたい側のヤツたちはかなり発言しやすかったのではないかと想像する。

収穫としては、「死にたい人の真剣な意見」を聞けたことかな。
オレの知っている「死にたいヤツ」は、自分のことを真剣に見つめていない。自分の嫌な面を見ることを拒んでいる。逃げている。
だから、そいつは死ねないとオレは思っている。そういうメールが来ても、まず「キミは死ねないから」って突き放す。
でも、そこには、「オレたちがついてるんだから。アンタが死んで悲しむ人はたくさんいるんだよ」という気持ちは、間違いなくあるのだ。それに対しては反応は薄いにせよ返事は来る。オレを含めて周りの人間を無視しているわけではないと。
でも、ちょっと何かあれば、自分のせいだ自分は悪い自分は死ぬの繰り返し。それをネットの日記に書いている。オレはその日記は最近見ないようにしている。それを見ている他の人がいるから。その人はオレがその死にたい病の彼から(一時的のつもりだが)引き離した人だ。そうは言っても、その人は彼のことを気にして、たまにその日記を見ていて、そのことを自分に大雑把ながらも報告してくれる。だから彼がまだ何も変わっていないことを知ることができている。そのため、読む必要もないのだ。もっとも現状の彼の日記では内容的に自分の趣味と合わないので読む気にはなれないのだけど。

ただね。
さっきの番組の中で、「これだけ多くの人がいれば、死にたい人もいるだろうと思っていた」…ってのは、案外そうかもしれないなぁと思った。
ノーベル賞取った作家でも、売れっ子だった映画監督でも、自殺するんですよ。身近にも自殺した人はたくさんいる。一般人だとどうしても、お金に困ってという人が多いかな。責任を取って…って自殺ってのもたまにニュースになりますが。これは仕事面ってことになるのかな。

あんまり「命」やら「死」やら、そのものについて話すと、収拾がつかなくなるので、話を戻します。
今回はあくまでもその番組について。

ともかく、民放が「命」についてどう思っているのか、そのへんが見えないとちょっと気持ち悪いなって思った。
もし、単に「命」をお題目として、死にたいヤツと生かしたいヤツとの過激なやりとりを撮りたいだけ、あるいはその話し合いに付随して起こるハプニングを期待してカメラを回しているんだったら、あまりにもつまんないなと、そう思ったまでです。

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あけおめ&ごぶさた

どうも、長い間放置してしまってすみませんでした(^^ゞ。

12月はずっと体調が悪く(T_T)、職場にもかなり迷惑をかけてしまいました。
# その割には12日に書いてるな…不思議だ(笑)。

状況としてはまず、11月末あたりから風邪の症状として咳が出てきました。
その後は、

・定期通院時に内科の主治医に風邪薬を処方してもらうがほとんど変わらず。
(特に咳止めを飲むと余計に悪化→マスク着用すれば良かったのだが)
・12月に入って風邪薬が切れてからは、市販の風邪薬で対処したがやはり変わらず。
(乾燥対策として、電気ストーブ使用から、灯油ストーブ+蒸発皿使用に変えれば良かったのだが、ちょっとその対処が遅れる)
・そのうちに急性胃腸炎となり、徐々に食欲が無くなる。
その兆候があった時には、朝ご飯を流動食系にするなど対処したが、時すでに遅かったらしい。
・あまりに下腹部が痛むので、耐えきれずに主治医の診察日の1週間前に病院へ。
そこで抗生物質の錠剤を処方される。しかし、その薬が強いせいなのか単に病状が悪化したことに対処できなかったのか、結局ほとんど食事ができなくなる。一番体重が減った時で64kg(普段は69kg~72kg)。
・食事を取れずに3~4日してようやく主治医の診察日。
「点滴が必要では」と言うと「全くその通りです」ということで、その日からブドウ糖+抗生物質の2本組で点滴を毎日することに。そこから2~3日してようやく食事ができるようになってくる。
結局持病の潰瘍性大腸炎の方も悪化していたらしい。
・点滴は抗生物質ということで1週間で終了。完治ではないが食べられるということでとりあえず1週間様子見でその後主治医の診察予定。
しばらくまともに食事していなかったので、1回の食事量が少なくなってしまった。そのため、1日の食事回数が一時的に4回になる。
念のため処方された痛み止めの頓服薬を初日に早速使ってしまうが、それで胃を痛める(T_T)。その後は頓服に頼らず、1日4回の食事全ての食後に胃腸の薬を飲むようにする。
なんとかクリスマスまでには食事もできるようになり、念願のクリスマスケーキも食べることができた。しかし飲み屋へのお出かけは、夜寒いこともあってこの時点では年内は自粛することにする。
・大晦日数日前になって飲み仲間に誘われる。何とかOK。これにより、家族による年末の年取りも元旦恒例の飲み会も何とか無事終了。
・今日はなぜか胃が痛い(爆)。

…という感じでした。

今回の風邪は胃腸に来ます…って、ここ数年そのような気もしますが。
インフルエンザも流行しそうだということで、皆さんくれぐれもご注意下さいませ。うがい手洗いは必須です。

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死について

これは、自分が死にたいと思ったことがあるから書いている、などというわけではありません。
むしろ自分は、普通の人と同じように、なるべくなら死にたくないと思います。
しかしながら、いつしか死は訪れるものなのだということだけは、意識し始めてきました。
その時、この世に何をどう残すかということも重要なのですが、それ以前に自分が死に対してどのように向き合っていくべきなのかを考えることが、最近は多くなりました。

死がなぜ恐いのか。それは、死んだあと「自分」がどうなってしまうのかが誰にもわからないからだと思います。
巷ではよく「前世」だの「生まれ変わり」だのという話をしてますが、まぁ世間話のレベルであれば別にいいでしょう。しかし、最近では本当に生まれ変わることができるんだという子供も増えていると聞きます。これは恐ろしいことだなぁと思います。
もし、死後の世界があるとして、自分が本当に別の人や生物などに生まれ変わっていたとします。でも、自分が生まれる前に何であったかを覚えている人はいませんよね?…ということは、「仮に生まれ変わっているとしても、現世においては自分の前後の生き様を意識することはできない」という事実を示しているのです。まぁよくよく考えれば、前世を知ったところで、それは遺伝などとは全く関係なく、今の自分とは別個のものなのだから、全く意味のないことであると考えれば、意識する必要すらないということになると思いますが。

自分は、死というものを考えるだけでも、いつもゾッとします。だって「自分」そのものが亡くなって…字を変えて書けば「無くなって」しまうんですよ?…肉体も心も焼かれて無くなるのです。
書き方が悪いかもしれませんが、他人が死んだとしても自分は残ります。だから、他人の死について考えることはいくらでもできます。でも、自分が死んでしまった後には、自分が自分の死について考えることはできません。自分がいくら、あの他人が「さぞや無念だったろう」とか「充実した人生だったのでは」などと勝手に考えたとしても、その他人本人が実際に思っていたことは全く逆だったのかもしれないのです。
本人のことは、本人にしかわからない。その本人ですら、死んだ先のことはわからない。こんなに恐ろしいことはありません。
この恐ろしさを和らげるために、老化していく身体は頭をボケさせていくのだという説もあります。しかし、自分自身で死というものを見つめていくことによって、もう少しだけ死に対する恐ろしさを和らげることができるのではないか…そう思って、時々人の死を実際に聞いたりニュースで見たりするたびに考えてしまいます。

そんな中、最近感じたことを書きたいと思います。

よく言われることに、『見えないもの』ほど大切なものなのだ、というのがあります。
見えないもの…例えば、空気、電気や電波やガス、重力、宇宙の果て、神様、時間、言葉、人の心…見えないものほど大切なもので、そして「守られるべきもの」なんだろうなって思います。実際こうして思いつきで書き出しただけでも、今や我々が生活していく上で重要なものばかりですよね。
そして、死の先の世界も、誰も見ることができません。
発明や創造と称される事象も、実は予め組み込まれている森羅万象を人間が「発見した」に過ぎない、と説明する人もいました。なるほど、人間が知恵を高度化させていくことによって、その知恵に見合った発見がなされていくのだ…と考えると、案外諸々の説明がつきそうな気がします。
でも、死の先は、この先も決して見ることができるようにはならないでしょう。そして人の心が読めるようになることも。死がコントロールできるようになってしまえば、あるいは人の心がコントロールできるようになってしまえば、きっと世界は大変なことになり、この世界、人間、そして地球はきっと破綻するでしょう。
そうした「決してみることができない」大切なものを、無理に見ようと思うのではなく、それはそれとして大切なものなのだという尊ぶ気持ちを持って謙虚に生きていけば、かなり楽な気持ちでいられる気がするのです。

これについては、また数年後にでも書きたいなと思いますm(__)m。

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【病気】病気やケガを抱えた皆さんへ

テレビなんかを見ていると、いろんな病気があるもんだなぁ、と思います。
それでひどく悩んでしまう人もいれば、それでも明るく立ち向かおうという人もいます。

例えば「骨折した」とか「糖尿になっちゃった」とか「痛風といわれた」とか、
いろいろ一般的に言う病名や症状で、世間話的な話をすることはあるけれども、
案外深い話…というか、現実的な話って、あまりしない気がするんです。

身近な人が見るとちょっと心配になっちゃうかもしれませんが、
まったく知らない人であれば、病気やケガに対して実際どのような生活をしているのかを書けば、
もしかしたら興味深く読んでくれるのかもしれないと思い、このカテゴリーを作成してみました。
場合によっては別ブログにするかもしれません。

あくまでも「病気やケガと、日常生活の中でこういう付き合い方をしている」ということを目的とします。
「その病気には○○がいいよ」「あの病院はやめた方がいい」「このクスリは効く」
という方向には持って行かないようにします。
たぶん、そうしたサイトはいくらでもあると思いますので(^^;;;。

どんな感じか、まずは自分のことを書いてみますね。

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自分は今、特定疾患(いわゆる難病)として、「潰瘍性大腸炎」を抱えています。
特定疾患と言うだけあって、現在完治するための治療法が確立していません。
そのため、研究材料になるのと引き替えに、治療費が国から補助されます。
申請には、医師の診断書や誓約書などの書類が必要ですけどね。

特定疾患によっては、日常生活が困難なものもありますが、
幸い自分の病気そして症状の程度は、何とか日常生活には支障のないものです。

それでも、その病気がひどい時には、トイレに行く回数が半端ではありませんでした。
要するに便がいつも非常にゆるいのです。
一時的なものであればいいんですが、普段から毎回ゆるいんです。
また、通常は1~2回の食事につき1回、大の方をすれば済むかと思いますが、
この病気がひどい場合、1回の食事につき2~3回はトイレに走ります。
そして、あまりにゆるい(要するに水っぽい)ので、場合によっては我慢ができず、
汚い話ですが、トイレに間に合わなくて下着を汚してしまうこともしばしばでした。

さらに目に見える症状としては、体重が減ったこと。
知っている方であれば、一時やせ気味の自分を見たことがあるかもしれません。
食欲はあるんだけど、何しろすぐ出てくるので(笑)、
ほんとに栄養になってるのかしら、という心配までありました。
通常70~72kgあった体重が、何もせずに66~68kgまでになりましたから。

今は、ペンタサ錠という薬を中心に、投薬による治療を行っています。
良化したら、さすがに太ってきましたが(笑)。
特に「どうしたら良くなる」という指導がないのも、特定疾患たるゆえんでしょうか。
それでも、お友達から「根菜を多く食べると良い」と聞いたので、一時期はそれを多めに食べてました。
また、野菜不足なのかも、ということで、野菜をおいしく食べられる料理法の本を買ったり。
ただ、実家なので、食べ物をなかなか自分に合わせられないのも難しいところ。
食事療法がいいということがわかれば、もうちょっと協力も得られるんでしょうけど。

今でも、どの時に体調がいいのか悪いのか、なかなかつかめずにいます。
身体にはいいようなので、なるべく午後7時前に夕食を済ませるようにはしてますが。
朝まで酒を飲むことだってありますが(^^;;;、翌日つらいのは花粉のアレルギーくらいで、
胃腸が悪いということはあまりありません。
むしろ、ストレスの方が関与しているかもしれません(苦笑)。
以前、十二指腸潰瘍になったのは、明らかにストレスでしたし。
最近は軽くストレスもたまってるしなー(笑)。

そんな中、新聞記事で、とあるプロゴルファーも同じ病気にかかっており、
なかなか成績が伸びずに大変だった、という話を読んだことがあります。
また、友達にも、同じような症状の方がいます。同じ薬を飲んでいます。
なかなか、そういう人って周りにいないので、非常に安心した覚えがあります。

最近はだいぶおなかは落ち着いています。
ところが、それ以外に大変なことがあったりしています。
それはまた別の日に書きますね。

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とりあえず、病気やケガの数を自慢するところでもないつもりです(笑)。
まぁそのへんがどのようにうまく持って行けるかはわかりませんが、
もし記事に共感していただける方がいれば、コメントやトラックバックをお待ちしております。
長い記事であれば、トラバの方がよろしいかと思います。
自分にだけ伝えたいことがある場合は、メールをいただいても構いませんので。

よろしくお願いします(^^)。

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