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明日で東日本大震災1周年

自分は明日を、「震災について考える日」じゃなくて、「自分が震災についてどう思うかを考える日」にしたいと、思ってます。

震災については、いろいろと思うところもあるのですが、ここでは「言葉」という観点で、今の時点での自分の考えを記しておきます。

震災に関わる、気になる言葉は、いくつかあります。

・「みんなでがんばっていきましょう!」
被災した側にもそうでない側にも、どうしても事情があってがんばれない人がいます。
そうした人を責めないという覚悟があれば、この言葉は発してもいいと思うのですが。
これについては、被災されたされないに関わらず、そう思います。被災された方々であれば、ある程度の覚悟はされていると思いますが。

・「絆」
震災をきっかけにあらためて担ぎ出す言葉としては、どうなのかな?…といつも思います。
もちろんそれが不要だと言っているのではないです。「絆」を意識することは、必要なことです。
ただ、被災地や被災された方々を励ます言葉として、あるいは支援しようとしている人の道標としての言葉としては、そんなに的確なものじゃないような気が、何となくしているのです。
昨年一年を表す漢字一文字を見て、特にそう感じました。

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被災していない方や支援しようとしている方、特にテレビやネットで発言される方(被災地の方や被災された方々を除く)については、とにかく「慎重に言葉を選んで」発言してほしいと、切に願います。
自分なりの震災に対する考えをしっかりと持った上で、言葉として発してほしいのです。

あと、行動についても。
「誰かが何か良さそうなことやってるから参加しちゃおうかな」っていうのは、ちょっとキケンな気がしてます。
本当に被災地や被災された方々のためになっていることももちろん多数ありますが、意外にそうでもないこともあります。その「見極め」をするのは、他ならぬ自分自身です。
あまり簡単に考えず、少しは内容を吟味して賛同なり参加なりすることを、強く勧めます。

以前、自分がかつてTwitterで発言した言葉についても、補足。

【非被災地の人たちはもう少し被災地の立場になって「想像」することが必要ではないのか。電気が通ってないこと、電池も不足していることを考えると、携帯に電話をかけ続けることも、メールを送ることすら迷惑。逆に善意が一番恐い。善意こそ慎重に。情報拡散も慎重に。 #nhk
2011年3月16日 - 9:42】

被災された方々と「同じ(ような)」気持ちになることは、不可能に近いです。
また、被災地に実際に行っていない自分などが、被災地や被災された方々が「本当に」何を必要としているのか…というのは、案外わからないものです。

でも、それであっても、私も含め、被災していない人が被災地あるいは被災した方々に何かアクションを起こそうとした場合、「被災された方がどう思うか」を想像することは、必要なことであると思うのです。

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いろいろ考えはしましたが、自分は未だに気持ちがまとまっていないので、明日の14時46分には黙祷を捧げる…ということだけにしたいと思っています。
お店のこともありますが、そんなわけでたぶん各種イベントには参加しないと思います。どうぞご了承下さい。

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